琵琶歌「敦盛」平敦盛の足跡を巡る旅④:源平史跡「戦の濱」

史跡めぐり
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平敦盛と、熊谷次郎直実が戦ったといわれる浜に着きました(^^♪

「戦の濱」

前回の「須磨駅」付近は砂浜に降りられましたが、「戦の濱」碑は松林の公園にあります。

浜辺は、車道を挟んで向こう側となります。

豪気の熊谷 敦盛の兜つかんでうち見れば 思いもかけぬ十五、六
 我が子と同じ年頃に 熊谷哀れの身にしみて 助けんものと引き起こし

我この君を討たずとも 勝つべき源氏の旗色に負け色立つとも思われず
 はやはや落ちさせ給えやと鎧の塵をうち払いうち払い 
 駒に乗せんとする折しもあれ

(薩摩琵琶鶴田流「敦盛」の一節より)

車道の交通量は多く、波の音などはかき消されています。

以前は車道が無かったのでしょうね。

「戦の濱」から、一ノ谷の山へ登ることができます。

有名な「一の谷」は、どのような山でしょうか。実際に登ってみました。

「一の谷」を登る

「戦の濱」碑からすぐ、この看板を目指します。

めちゃくちゃわかりやすい看板で、ありがたいです(*’ω’*)

ガードをくぐり、細い急階段を上っていきます!
景色が抜群に良いです\(^o^)/

すぐ下に、ガードを潜り抜けた線路と、「戦の濱」、車道砂浜が見えます。

急斜面なのが伝わりますでしょうか?

一の谷の戦い」では、一般に、海側に陣取っていた平家方を、源氏方の義経が山から崖を下りて奇襲をかけた、と言われています。須磨地区、特にこの辺りは急斜面ですから、本当に馬で降りたのなら、平家方は驚いたでしょうね(・∀・)

後ろの山の鬨の声 
 「武蔵の国の熊谷は敵を組み敷きながら
 今おめおめと助くるは必定逆心とおぼえたり
 二心あらば 熊谷ともに討っとれ」

 と 呼び立てければ是非もなく

(薩摩琵琶鶴田流「敦盛」の一節より)

安徳宮

一の谷の階段を登り切ったところに、「安徳宮」があります。

「源平の戦いで源氏に追われた安徳天皇が、一の谷に内裏を築かれた」という場所です。安徳天皇が壇ノ浦の戦いで入水された後、安徳天皇の冥福を祀るために「安徳宮」が建てられました。

二の谷を下る

さて、一の谷の安徳宮から、隣の坂を下りて戦の濱へ戻ろうと思います。

一の谷のお隣は「二の谷」です\(^o^)/

こちらもめちゃくちゃ急坂!歩くの怖い。。
雨の日だったら傘さして降りることはできるかしら(;^_^A

伝わりますでしょうか。。急すぎて歩くだけで精一杯。傘さすの無理かもΣ(゚д゚lll)

急傾斜地」って書いてありますね。。住宅地として利用されています。

急斜面のあかし、「20%」の標識もなかなか見かけないものです。

戦の濱まで降りてきました。公園の中を、さらに歩いていきます。

「如何に若君 あれご覧候え 助けまいらせんと思えども
 もはや逃れさせ給うまじ 御名をあかし給いなば後世を弔い申すべし」
 と涙ながらに言いければ 敦盛は咽びかえって潤み声

(薩摩琵琶鶴田流「敦盛」の一節より)

源平合戦 800年記念という碑がありました(⌒∇⌒)

まさに激戦地の跡を歩いていますね。

須磨浦普賢象

この公園には、平成に発見された桜の新種「須磨浦普賢象が植えられています。
淡い黄緑色の八重大輪とのこと(⌒∇⌒)
私が取材したのは3月なので、蕾もありませんでしたが、咲いている時期にも訪れたいですね。

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「敦盛塚」まで、もう一息です!へ続きます(*^_^*)

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一の谷を見に行きましょう(*’ω’*)